安コーヒー屋で三十半ばの男が「青い花」1巻を読んでいたって、気持ち悪いなんて想わないで欲しい。

「気持ち悪いなんて思わないで」と万城目さんは言うけれども、私だってそういいたい。安コーヒー屋で三十半ばの男が「青い花」1巻を読んでいたって、気持ち悪いなんて想わないで欲しい。…… いや、それは無理だろう。日曜日の午後、本来は平和島競艇にいるべき風体の男が、アイスカフェラテをすすりながら「青い花」1巻を読んでいていいはずがないではないか。書店のレジの女がカバー附けますかと聞いてきたのだが、それを断ったのが失敗であった。お嬢さんの言う通りにカバーを附けるべきであった。予備校の教室で柄谷行人マルクスその可能性の中心」の後ろの方にある武田泰淳論を読んでいたらば共産主義者と勘違いされたことを想いだしたりもする。たしかに私は野坂参三好きだが、山中貞則の方がもっと好きなのに。

アニメも見なければ(こないだ「けいおん!」を見たけれども)、漫画も中崎タツヤくらいしか読みもしない、そんな私が「青い花」に夢中である。青森県の公社の職員がチリ人のアニータさんに入れあげて横領を重ねたように、歳を喰ってにわかに何かに夢中になると、そのエネルギーは怖ろしい。私は「青い花」のアニメの第一話の、すなわち … 1)テーブルの上のふみの手に、従姉・千津、手を乗せる。2)ふみの目元のアップ、目線は下手から上手に。3)千津の悪魔的にらんらんとした目元のアップ、ふみと違い目線動かず。 … このカット割りは映画の様であって実際には実写では難しく、所詮はニンゲンの目、アップではたいしてものを語ることはできない。ここにアニメの強さを見た私は、「青い花」の虜となった。

かくして寝ても覚めても青い花」である。ついには原作まで買ってしまう始末、どうして呉れよう。このいきおいで鎌倉市にまで出かけるのも時間の問題で、ひょっとすると美容院に行き杉本先輩みたいな髪型にして呉れませんかとまで言い出すかもしれない。私の父親は突然サボテン栽培に目覚め、庭に温室を建造したことがあるのだが、あんたのことを笑えない息子である。

上述の手を乗せるシーン、あるいは万城目さんのオフナレ「寄宿舎お茶会ローズパーティー…」と続いてしゃがみ込み井汲さんと出くわすシーン、図書室での接吻、アニメ版で惹かれたシーンはどれも原作では淡泊で、いささか拍子抜けしつつも、157頁の、歩みを止めるカット割りとレイアウトにはおおと想わされたりもする。

みじめったらしい部屋で読むのも何だしなと、ブコウスキーの「死をポケットに入れて」をわしづかみにして、サンマルクカフェに入った私であるが、「青い花」、これは自室で読むものであった。安コーヒー屋で広げてはいけない。それは自意識過剰、お前のことなんか誰も見ちゃいやしない、そうだろうけれども、である。そんなこんなで周囲の目、気恥ずかしさと戦いながらも、見事に読み切ったのである。杉本先輩、えらいだろ、おれ。


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青い花 1巻 (F×COMICS)

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