東京水景・八潮 / 人間はおかしくて、哀しい

ジャニーズの嵐主演の映画「ピカンチ」(02)は品川の八潮団地を舞台とする。大井競馬場にいくモノレールから見るぶんには凡庸な団地群にしか見えなかったのだが、この映画でみるそれには惹かれるものがあり、DVDで件の映画を見るなり、すぐさま出かけた。05年11月のことである。建築史家・陣内秀信は「東京の空間人類学」にて、江戸・東京を「水の都」であると論じた。それは深川あたりの堀割・水路を指してのことであるのだが、今日にあってこの言葉が似合うのは、八潮団地の面する京浜運河沿いであるように想う。

● 2005.11 京浜運河(品川区) 地図はその日の道程で、クリックで判読できるサイズに。水道道路踏破と違って、散歩にはお勧め。

左上:地図 右上:八潮団地を降りたところ 左下:八潮橋から団地方面 右下:八潮橋から品川方面 

澤地和夫も八潮団地の住人*1であった。

澤地和夫という殺人者がいた。警部まで担った警視庁を退職後に割烹料理屋を開き、運転資金に元同僚らが融資保証人となる。経営が行き詰まり、保証人となった同僚らまでもが苦しむようになると、澤地は打開策として宝石ブローカーと金融業者を殺害する。宍倉正弘「手錠」(講談社文庫・90年)は澤地が警察官から死刑囚に陥るまでの顛末を記したノンフィクションの傑作である。文庫解説で佐木隆三は、犯罪者には「これまで生きてきた軌跡が、すべて犯行の準備であったかのように見られがち」のタイプと「まったく犯罪とは無縁に生きながら、何らかの事情によって道筋が変わり、気がついたら犯罪者になっている」タイプとがあり、澤地は後者であると書いている。ずるずるだらだらと、踏みとどまれるきっかけをやり過ごしながら堕ちていき、終いには引き戻せないところに行き着いたのである。その道程は どことなく滑稽でさえある。エリック・ホッファーは人生は偶然の十字路であると言ったが、次から次へとその十字路で間違えた選択をし続けたかのようでもある。 旧ブログより引用改訂)

やるせないのは、開店当初の売上げの多くが元同僚のツケであったことで、それは澤地の仲間想い(同時に見栄)の現れでもあって、それが経営を悪化させる要因となる。苦境にたつや、その同僚らに保証人になってもらい、資金を調達するが、転落は止まらない。結局、仲間への義理のために他人を殺す。ひとつボタンを掛け違うと、それをきっかけに合理から逸れていき、おかしな森に容易に迷い込んでしまう。将棋や麻雀とて間違った手が更なるそれを生み、ぐちゃぐちゃになっていくもんだ。

澤地は平凡な人である。あなたとも私とも地続きの人である。それを証拠に41歳までは普通の警官であったのだ。それが何かをきっかけに止めどなく転落していった。「人間はおかしくて、哀しい」、映画「ファーゴ」の宣伝文句であるが、ほんとうにおかしくて、哀しい。*2

*1: 高村薫「レディジョーカー」の合田デカも八潮の住人である。

*2: 2008-12-16 澤地は東京拘置所で病死。本人の遺志で、東京拘置所の指定した無縁墓地に埋葬されるという。