「青い花」読了。缶コーヒーを呑む他に楽しみがなくなった。仕方なしに江ノ電を沿ってひとり歩く。


○ 2010.05 虚空蔵堂(神奈川県鎌倉市


四月の終わりに、そう、色川武大の死、青木伊平の死、メジロランバダ天皇賞出走、桂枝雀の死、祖母の死、輝ける私の四月の歴史に志村貴子青い花」の読了が加わる。

飲酒も麻雀も馬券も止め、映画も昔ほど見なくなり、会社と自室を往き来するだけの生活となる。つまらないひとね、と言われれば、黙ってうなづくより他なく、それどころか、つまらないひとねと言ってくる者すらいない有り様で、無価値の生活である。そのような私のもとに杉本先輩がやってきた。「青い花」である。私の来し方において、それまでの価値や嗜好を変えうるもの、すなわち中学生の頃に同じクラスの者にカセットテープに落としてもらったstingの「nothing like the sun」や高校時代におけるダイヤモンド映像、就職してからの山内健司のショウリール、それらに匹敵する輝きが薄闇にうずくまる私に差し込んできたのである。しかしアニメ版DVDも最終話まで見てしまったし、書籍も5巻まで読んでしまった。なんだ、また缶コーヒーを呑む以外に楽しみのない生活にもどってしまったではないか。

仕方なしに鎌倉へ。谷川俊太郎の暮らす町からJRを乗り継ぎ、田村隆一の埋まる町へいく。鎌倉駅から江ノ電づたいに江ノ島駅までだらだらと歩き、モノレールで大船へ。しらす丼など喰うこともなく、大船駅前のマックでマックポークを喰い、東京に戻る。

(「青い花」と私)「安コーヒー屋で三十半ばの男が「青い花」1巻を読んでいたって、気持ち悪いなんて想わないで欲しい。」(2010_03_15